星和書店/精神科治療学 25巻06号 抄録本文
■特集 ADHD臨床の新展開 I
●ADHD概念の変遷と今後の展望
田中 康雄
1902年,「道徳的統制の異常な欠如(abnormal defect of moral control)」を報告したStill, G.F.の指摘を掘り起こし,代表的な研究者の提言を軸にADHDと称される状態における歴史を概観した。そのうえで,現在われわれが対峙するADHDと呼ばれる事態は,Still, G.F.が原因として指摘した,1)生来的あるいは乳児期早期の病気による発達上の障害と,2)後天的な障害により,獲得された能力の損失に包括されることを指摘し,ADHDはbio─psycho─socio─ecological disorderという視点で考えるべきであると主張した。さらに求められる学際的アプローチの意義と困難さについて述べ,最後にこの課題に対する臨床家としての構えについて,忸怩たる思いを込めた。
Key words:abnormal defect of moral control, minimal brain damage, minimal brain dysfunction, bio─psycho─socio─ecological disorder, ADHD
●ADHDの診断分類の課題─DSM-5に向けて―
石井 礼花 金生由紀子
不注意,多動,衝動性の症状を持つ子ども,成人を「注意欠陥多動性障害」と診断するにあたって,日本においては米国で使用されている診断分類であるDSM─Ⅳ─TRによる診断が一般的である。現在の診断基準についての問題点は,全体的な構造や,不注意の症状のみの診断ができないこと,衝動性の症状が軽視されていること,発症年齢の問題,広汎性発達障害との合併が許されないこと,成人の症状をとらえにくいことなどが挙げられている。2013年出版予定のDSM─5に向けて改善案が出され検討されているところであるが,本稿ではADHDの診断の歴史やDSM診断基準の歴史について振り返ったうえで,現在挙げられている問題点と改善案について紹介したい。
Key words:ADHD, diagnostic criteria, DSM─5
●ADHDの疫学と長期予後
渡部 京太
注意欠如・多動性障害(ADHD)の有病率は,子どもにおいては4~12%,成人においては4.7%といわれている。ADHDは,女児よりも男児に多く,男児の有病率は女児の2.45倍高いこと,クリニックを受診したサンプルでは6:1から9:1の間の比率になること,そして年齢とともにこの比率が小さくなっていくことが報告されている。ADHDの子どもの前方視的経過追跡調査から,年齢とともにADHD症状は減少していくが,成人期にも症状が持続し,社会適応に影響を与えることが明らかになってきている。ADHDの成人が対照群と比較して精神障害を併存するリスクは,反社会性パーソナリティ障害(10倍),物質乱用(4~8倍),気分障害(2~6倍),不安障害(2~4倍)と推定され,これらの疾患がADHDの子どもが成人した際に診断される可能性の高い疾 患としてあげられる。
Key words:attention─deficit/hyperactivity disorder (ADHD), adult ADHD, prevalence, outcome, personality disorder
顎の痛みの実行中に
●ADHDの神経生物学─最新の知見─
岡田 俊
注意欠如/多動性障害(ADHD)の罹患性には,ドパミンをはじめとするモノアミンの受容体やトランスポーターの遺伝子多型が関与しており,ドパミン活性を調べた研究からも皮質下領域を中心にドパミン神経系の機能低下があることが示唆されている。また,ドパミン神経の投射を受ける前頭皮質や前部帯状回皮質などの脳部位の形態的,機能的異常や大脳皮質の成熟遅延が報告されている。ADHDの神経心理学的な検討とこれらの脳部位の機能を考え合わせ,ADHDの機能障害を実行機能と報酬系の機能不全から説明する二重経路モデル(dual pathway model)が提唱されている。しかし,ADHDの個々の臨床症状や治療反応性との関係はどうか,これらの脳部位の機能や神経心理学的機能が年齢とともにどのように変化するのかについては,まだ十分に明らかにされておらず,今後の検討が求められる。
Key words:attention deficit/hyperactivity disorder, neurobiology, executive function, reward system
●成人期のADHD診断─その実際と留意点─
大賀健太郎
成人期のADHD(注意欠如/多動性障害)診断の実際と留意点について典型例と似て非なる症例を対比させて概説した。成人期のADHD診断にあたっては,7歳前にADHDの中核症状である不注意,多動・衝動性が目立っていたかどうか,小児期から成人期まで形を変えても連続して不注意,多動・衝動性の症状を確認することが重要である。一般的に,成人のADHDの診断は,半構造化面接であるCAADID-とCAARS-の結果を参考にする。さらにADHDと自閉症スペクトラム障害(ASD)の鑑別の際には,縦断的な成育歴の聴取が重要であること,神経生物学的な基盤を意識した臨床像の質的な違いに注目する必要があることを強調した。
Key words:ADHD adults, ASD, CAADID, CAARS
●ADHDの臨床に有用な評価尺度と心理学的検査
竹林 淳和 内山 敏 大西 将史
注意欠如/多動性障害(ADHD)の評価には,DSM─Ⅳの診断基準をもとに症状評価を行い,さらに,学校や職場などの社会生活における機能の広範な評価を行うことが必要である。また,神経心理学的な検査,とりわけ注意力を測定する検査も評価の参考となる。ADHDは成人期に障害が持続することがわかっており,小児期に疾患を見過ごされ,成人期になって初めて病院を訪れる者もいる。最近では,半構造化された面接を通して症状を評価できるアセスメントツールが開発されており,小児の診療に慣れていない治療者にとってもADHDの評価がしやすくなっている。本稿では,(1)ADHDの症状の程度を測定する評価尺度,(2)一般的な情緒や行動障害の評価尺度,(3)認知機能評価について,子どもと成人の評価尺度に大別し,それぞれに 有用と思われる評価尺度や心理学的検査を紹介する。
Key words:ADHD, assessment, rating scale, psychological test
テスト不安の犬の分離不安不安障害の症状
●ADHDは過剰診断されていないか?
井上 勝夫
ADHD(attention─deficit hyperactivity disorder)の過剰診断と関連事項について文献的に検討した。ADHD概念は非特異的な徴候より構成され,かつ定型発達との連続性があるために診断範囲の輪郭に曖昧な部分が広く,過剰診断や診断の見逃しが避け難いことを述べた。また,ADHDを認識する際のいくつかのバイアスを挙げた。関連事項として,ADHD治療薬の過剰処方,有病率調査,他国のADHD臨床の現状,ADHD薬物療法のプラセボ効果,ADHDの新しい診断基準の動向に触れ,筆者の臨床経験も提示した。児童精神科医の少ない本邦全体としてADHDが過剰診断されているとは予想され難いが,地域あるいは個人の臨床医のレベルで過剰診断されている可能性を指摘し,過剰診断を避けるためには患者の包括的評価が重要であることを確認した。
Key words:ADHD, overdiagnosis, misdiagnosis, comprehensive assessment
●ADHDの生物学的研究はどこまで進んだか?
増子 博文 丹羽 真一
ADHDの生物学的研究の現在までの進歩を展望した。まず,神経画像的研究については,前頭─線状体回路の機能低下がこれまで最も一致した所見である。現在,前頭─線状体以外の部位を検討することが行われてきており,小脳・頭頂葉の異常が指摘され始めている。遺伝的研究では,ADHDは統合失調症や双極性障害に匹敵する高い遺伝率(0.77)を有していることが知られており,病因関連遺伝子候補としてDRD4,DAT1が代表例であるが,それぞれの遺伝子は病因の1%程度を説明できるにすぎない。したがって単一遺伝子の効果には限界があることが明らかになってきた。薬剤の効果判定は,CPT(Contin-u-ous Performance Test)などを指標として使用することが適当であると評価されている。また,血漿モノアミン代謝産物濃度を薬剤の効果判定に使用することが試みられている。現段階では,ADHD診断は臨床所見により決定される。生物学的な手段で確定診断を行うことはできない。
Key words:ADHD, neuroimaging, catecholamine, methylphenidate, atomoxetine
●ADHDと学校精神保健
宮本 信也
学校精神保健とは,児童生徒を対象として心の健康の維持・回復に関する活動を学校と関連した人たちが考え行うことである。ADHDを対象とした学校精神保健では,ADHDのある子どもの心の健全な発達を保障することと適応行動の問題やいわゆる二次障害を生じないように配慮・支援をすることが一次予防となる。適応行動の問題や二次障害の早期発見と早期対応が二次予防,対応により安定したそうした問題の再燃を予防するのが三次予防となる。一次予防と三次予防のための最も有効な方法は,トラブルの少ない年齢相当の学校生活をすごせるようにすることである。同年代の子どもとの集団活動の体験は,学齢期から思春期の子どもにとって最も重要な発達課題であるからである。学校は,集団活動を基本としているところであり,� �の意味で子どもの精神保健において最も強力な社会資源となっており,そうした学校のアドバンテージを精神保健においても理解しておくことが大切である。
Key words:ADHD, school mental health, group action
喫煙の原因のしわを行います
●ADHDと素行障害
原田 謙
DSMによる素行障害(CD)とは,「他人の基本的人権または,社会的規範を侵害することが反復し持続する行動様式」である。このCDと注意欠如多動性障害(ADHD)の密接な関係は多くの研究者が指摘しているが,広汎性発達障害が併存しているCDも少なからず存在する。発達障害児は,同様の脆弱性をもつ親から不適切な養育を受ける可能性が高くなる。それによって生じた愛着の形成不全から,青年期以前に発症するCDと,典型的には反抗挑戦性障害を経て青年期に発症するCDへと発展する可能性がある。小児期発症例の治療は,ペアレントトレーニング,ソーシャルスキルトレーニング,薬物療法を併せて行う。一方,青年期例は治療が困難であり,学校スタッフの協力が重要となる。関係者が集まり対応を協議するケア会議も有効な支� �法である。CD治療の有効性は低いため遅くとも小学校低学年までに発達障害を適切に診断し,周囲の人間が正しい理解と対応をとることが大切である。
Key words:conduct disorder, attention deficit hyperactivity disorder, pervasive developmental disorder, oppositional defiant disorder
●ADHDの二次障害
齊藤万比古 青木 桃子
ADHDの二次障害では,その年代に至るまでの時間経過(縦断面)の中で環境との相互作用の中で傷ついてきた生々しい痕跡が,ADHDの特性や関連する他の生来的障害などの特性と混じり合って全体的な状態像(横断面)として表れている。そう考えると二次障害の出現は必然的であると考えられる。ADHDの二次障害は大きく外在化障害と内在化障害に分けられる。外在化障害とは,攻撃性や他の衝動をめぐる葛藤が心の外に向かって表現される傾向が強い場合で,ODDからCDに,そしてごく一部は反社会性パーソナリティ障害に展開し,これを「破壊性行動障害(DBD)マーチ」と呼ぶ。内在化障害とは,攻撃性が自己を傷つける方向へ向かうもので,自尊心の低下から,不安障害やうつ病性障害,あるいは周囲の期待に添わないという受動的攻� �的な反抗が生じ,これらが遷延すると依存性や回避性,境界性や受動攻撃性パーソナリティ障害などに展開していく可能性がある。
Key words:attention deficit/hyperactivity disorder (ADHD), comorbidity, personal disorder, externalizing disorder, internalizing disorder
●気分障害とADHD─双極性(bipolarity)および発達障害のパダライムに注目して─
宮田 善文 加藤 敏
気分障害とADHDは高い併存率を持つ。気分障害,特に双極性障害とADHDは鑑別が難しい事例が少なくなく,遺伝学的素因がオーバーラップしている可能性も指摘されている。一方,気分障害における双極性(bipolarity)の概念とADHDやアスペルガー症候群といった比較的軽症な疾患も取り込んだ現在の意味での発達障害の概念はともに1980年代に登場し,特に2000年代に入ってからは小児精神医学,成人精神医学の垣根を越えて,新たなパラダイムとして注目されている。本稿では双極性(bipolarity)および発達障害のパダライムに注目して,その成り立ちについての歴史的背景をふまえつつ,診断,治療について論じた。
Key words:ADHD, mood disorder, bipolar spectrum, soft bipolar, developmental disorder
●ADHDと子ども虐待
杉山登志郎 山村 淳一
あいち小児保健医療総合センターの子育て支援外来を受診した被虐待児916名中,初診において,ADHDの診断を受けた者は153名(男児130名女児23名)であった。このうち92名(男児75名,女児17名)に何らかの解離性障害の症状が認められた。抗多動薬がそれなりに有効であった者と,そうでなかった者に分けられ,有効であった者は48名(男児43名女児5名)で,反抗挑戦性障害は抗多動薬群に有意に多いが,愛着障害,行為障害はその他の薬物群に有意に多かった。元々のADHDの基盤がある者に関しては,抗多動薬は有効な者が多く,全体としては軽症であるが,ADHD診断が可能な抗多動薬が無効な群は,どうやら非常に重症な愛着障害を背後に持つ被虐待児であることが示された。
Key words:ADHD, child abuse and neglect, reactive attachment disorder, pharmacology of ADHD
■研究報告
●終末期がん患者の嘔気・嘔吐に対するolanzapineの有効性の検討
山中 幸典 荒木 裕登 酒井 崇 長島 渉 松浦 明子 岡井 美鈴 田中 友晴 齋藤 純一
[目的]終末期がん患者の嘔気・嘔吐コントロールは難渋することが多い。今回,終末期がん患者の嘔気・嘔吐に対するolanzapine(OLZ)の有効性をプロスペクティブに検討したので報告する。[方法]X年1~6月の期間に入院中で,制吐剤服用にもかかわらず嘔気・嘔吐の緩和が認められない56~60歳の5名に対しOLZ 2.5mgを就寝前服用とした。OLZ投与前と投与後の嘔気の強さを5段階(0:嘔気なし,4:最も強い嘔気)で患者に聞き取りを行い調査した。[結果]嘔気・嘔吐は全例で消失もしくは減少した。OLZ投与期間中に副作用として過鎮静が1例認められ,OLZを1.25mgに減量したが,嘔気・嘔吐の悪化は認めなかった。[結論]OLZはさまざまな受容体に作用することで,良好な嘔気・嘔吐のコントロールが可能になると考えられた。本研究を通じて,緩和ケアにおけるオピオイドの副作用や原疾患による嘔気・嘔吐に対してOLZが有効であることが示唆された。
Key words:olanzapine, nausea and vomiting, palliative care
■臨床経験
●緑内障発作をうつ病再発と診分けるのが困難であった1例
齋藤慎之介 吉田 勝也 小林 聡幸 加藤 敏
緑内障発作は,典型的な症状を呈する場合には,診断は比較的容易であるが,頭痛,腹痛,全身虚脱,精神的な混乱などの全身症状が前景に出る場合には,診断の遅れの危険性がある。本稿でわれわれはうつ病の再発の診断で入院したが,入院後に緑内障発作が判明した症例を報告した。症例は71歳,女性。63歳時にうつ病を発症し,以来,不規則な通院をしていた。69歳頃より臥床がちとなり,71歳,嘔気・嘔吐,食欲不振で入院した。うつ病の経過中に発作が生じ,病像がうつ病と似通っていたこと,おそらく69歳頃から認知症を合併していたこと,患者が眼の診察を拒否していたことが緑内障発作の診断を困難にした。眼科的救急疾患である本症において,誤診に伴う治療の遅れは視機能の予後において致命的である。緑内障発作の誘 因となりうる薬剤を日常的に使用している精神科医が「眼を診ること」の重要性を指摘した。
Key words:angle─closure glaucoma, depression, tonic pupil, corneal edema, vascular dementia
●塩酸donepezilとblonanserinの併用により幻視等の精神・行動障害(BPSD)の著明な改善を認めたレビー小体型認知症の一例
網野賀一郎 片山 成仁 飯森眞喜雄
レビー小体型認知症は認知機能の低下以外にも幻視,妄想,抑うつ症状など様々な精神・行動障害(BPSD)がたびたび出現し,介護者の負担を増加させることが多い。今回幻視とそれに基づく不安感,徘徊,不眠などのBPSDに対し塩酸donepezilを投与するも一定の改善にとどまったため,さらに少量のblonanserinを併用し幻視とBPSDの著明な改善を認めた症例を経験したため報告する。
Key words:dementia with Lewy bodies, blonanserin, augmentation, visual hallucination, BPSD (behavioral and psychological symptoms of dementia)
●精神科臨床と医療観察法医療に係る一考察─治療課題の多軸的把握と多職種協働をめざして─
中嶋 正人
医療観察法医療の現場で行われている手法や実践の結果もたらされた経験に基づき,精神医療の現場における活用が利益を得ると思われたものに検討を重ね報告した。「課題レーダーチャート」では治療課題の全体像の多軸的把握と多職種協働,情報共有をめざしレーダーチャートを使用し視覚的認知の工夫を行った。「入院から退院後へと連続する治療プログラム」では入院期間とその後の医療を連続した治療と捉え,治療課題の明確化と標準化,多職種協働,治療の動機づけ,クライシスプランなどを織り込みフローチャートで示した。
Key words:multidisciplinary team approach, forensic psychiatry, care management, information sharing, multi─axial assessment
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