概要
長年の間、研究者たちは、がん生存者における回避性行動、侵入的想起および覚醒亢進などのストレスまたは心的外傷関連症状を報告している。 [1] [2] [3] [4] これらの症状は、戦闘、個人的な暴行(例えば、レイプ)、自然災害をはじめとする生命への脅威など心的外傷イベントを経験している人にみられる症状に似ており、これを集合的に心的外傷後ストレス障害(PTSD)と呼ぶ。 [5] [6] [7] [8] [9] [10] 急性ストレス障害(ASD)はPTSDと似たプロフィールを有する精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)の精神障害であるが、発症までの期間が心的外傷イベントの4週間以内と短い。そのため、がん患者におけるPTSDおよび心的外傷関連症状の発生は、DSM、第4版(DSM-IV)のPTSDに対する診断基準が変更されたことを受けて次第に研究されるようになっている。 [5] DSMの改訂第3版(DSM-III-R) [11] では特に、がんなど内科的疾患の患者はPTSDから除外された。しかしながら、DSM-IVの本文修正(DSM-IV-TR)においてPTSDの診断基準では特に、心的外傷イベントの一例として「生命を脅かす疾患を診断されること」を包含している。 [12] そのため、現在ではがん病歴がある人々は、PTSDのリスクがあるものとして評価され、考慮される。
レビューは、心的外傷後ストレスが黒色腫、ホジキンリンパ腫、乳がん、および複数種類のがんの混合など、様々ながんで研究されていることに注目している。しかしながら、完全なPTSDの症候群(すなわち、DSM-IVの診断基準をすべて満たす)について患者を評価したのか、またはPTSD関連症状の一部のみ(例えば、Impact of Events Scale[IES]を用いて測定する侵入的想起)について評価を実施したのかについては、研究は様々である。したがって、発生率も様々である。PTSDの完全な症候群(DSM-IVの診断基準をすべて満たす)の発生率は、最近診断された早期患者における3%~4%から治療後に評価された患者における35%までの範囲に及ぶ。PTSD様症状(診断基準のすべては満たしていない)の発生率が測定される場合、その割合はより高く、早期がん患者における20%から再発がん患者における80%の範囲に及ぶ。
ドイツの1件の研究において、乳がん患者(n = 127)が手術直後および最初の評価から6ヵ月後のPTSDについて評価された。 [13] 評価には、IES-Revised(IES-R)およびPTSD Checklist-Civilian(PCL-C)などのASDおよびPTSDに対するスクリーニングツールが含められた。最初の評価では、DSM適用の構造化臨床面接(SCID)を用いた半構造化面接も含められた。SCIDによれば、参加者の2.4%が軽度から中等度のがん関連PTSDの基準を満たし、2.4%がASDと診断された。しかしながら、IES-RおよびPCL-Cのスクリーニングツールでは、最初の評価時に参加者の18.5%にPTSDが確認され、2回目の評価では参加者の11.2%~16.3%にPTSDが確認された。この研究の著者らは、SCIDと異なり、IES-RおよびPCL-Cのスクリーニングツールは、広汎性の情動的苦痛および適応障害を測定し、正確なPTSD症状を測定していないと提唱しているようである。PCL-Cなど症状に基づく測定と実際のSCIDに基づく診断との主な差の1つは、症状によって引き起こされる機能障� �である。症状はよくみられるが、そうした症状によって障害を抱えるのは症状のある人の非常に少数のみである。
どの患者がPTSDの発生リスクが高いかを示唆する因子は広範囲に研究されていない;しかしながら、早期乳がん女性の1件の研究 [14] により、より若い年齢、低所得、公的教育年数の少なさはPTSD様症状と関連することが明らかにされた。骨髄移植で治療された男女の別の研究 [15] により、不十分な社会的支援および回避的対処の使用はより多くのPTSD様症状と明らかに相関することが分かった。PTSDおよびASDについて乳がん患者を評価した上述のドイツの研究 [13] により、生涯PTSDを有する患者(8.7%)はがん関連ASDまたはPTSDを経験する可能性がはるかに高い(オッズ比14.1)と結論づけられた。
がん状況におけるPTSDのために開発された特異的療法はないが、他のPTSD患者に用いられる治療法は、がん患者とがん生存者の苦痛を軽減するのに有用である可能性がある。
特に明記していない場合、本要約には成人に関する証拠と治療について記載している。小児に関する証拠と治療は、成人の場合とかなり異なる可能性がある。小児の治療に関する情報が入手できる場合は、小児に関する情報であることを明記した上でその内容を要約する。
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- Alter CL, Pelcovitz D, Axelrod A, et al.: Identification of PTSD in cancer survivors. Psychosomatics 37 (2): 137-43, 1996 Mar-Apr.[PUBMED Abstract]
- Kornblith AB, Anderson J, Cella DF, et al.: Hodgkin disease survivors at increased risk for problems in psychosocial adaptation. The Cancer and Leukemia Group B. Cancer 70 (8): 2214-24, 1992.[PUBMED Abstract]
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- American Psychiatric Association.: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: DSM-IV-TR. 4th rev. ed. Washington, DC: American Psychiatric Association, 2000.[PUBMED Abstract]
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- Cordova MJ, Andrykowski MA, Kenady DE, et al.: Frequency and correlates of posttraumatic-stress-disorder-like symptoms after treatment for breast cancer. J Consult Clin Psychol 63 (6): 981-6, 1995.[PUBMED Abstract]
- Jacobsen PB, Sadler IJ, Booth-Jones M, et al.: Predictors of posttraumatic stress disorder symptomatology following bone marrow transplantation for cancer. J Consult Clin Psychol 70 (1): 235-40, 2002.[PUBMED Abstract]
有病率
文献のレビュー [1] は、心的外傷後ストレスが黒色腫、ホジキンリンパ腫、乳がん、および複数種類のがんの混合など、様々ながんで研究されていることに注目している。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の完全な症候群(精神障害の診断と統計マニュアル、第4版[DSM-IV]の診断基準をすべて満たす)の発生率は、最近診断された早期患者における3%~4%から治療後に評価された患者における35%までの範囲に及ぶ。PTSD様症状(診断基準のすべては満たしていない)の発生率が測定される場合、その割合はより高く、早期がん患者における20%から再発がん患者における80%の範囲に及ぶ。
がん生存者におけるPTSDの最も初期の研究(DSM-IV以前の研究)では、治療を受けていたか、受けているがん患者、成人および小児がん生存者、および/または患者と生存者の家族も対象に、この障害の有病率および特性に焦点が当てられた。白血病 [2] 、乳がん、および頭頸部がん [3] を含む様々ながん種が研究された。初期の研究の多くはホジキン病の生存者を扱ったが、これはおそらく診断年齢の低さおよび生存のより高い割合によって、研究のために利用できる集団がより大きかったためである。 [4] これらの生存者は、治療後何年も経過しているにもかかわらず、侵入的想起および回避行動の有病率が特に高いことが明らかにされた。 [5] [6] [7] これらの研究のほとんどでは、すべての診断基準を満たしている完全な精神障害よりむしろPTSD様症状が調査された。
現在のDSM-IV診断基準を使用したがん患者の最初の研究では、全員が診断後3年以上経過しており既にがん治療を受けていない27人の患者(ほとんどは乳がん)が調査された。この研究では、現在のPTSDの有病率は4%、生涯の有病率は22%であると明らかにされた。 [8] 生涯有病率の基準を満たした人は、全般性精神的苦痛のレベルが高いことが認められ、したがってPTSDの病歴があると持続性情動困難の重大なリスクがあることが示唆された。
DSM適用の構造化臨床面接(SCID)を用いた研究 [9] により、成人がん患者におけるPTSDの有病率は3~10%であることが明らかになっている。これらの研究のほとんどは、治療後数ヵ月から数年経過して評価された早期乳がん女性を調査している。同様に、がん総合施設で治療を受けているすべての病期の乳がん患者115人を対象とした1件のプロスペクティブ研究では、4%がPTSDの診断基準をすべて満たし;41%がPTSDの亜症候診断基準を満たした(強い不安、無力感、または恐怖をがん診断後に経験)。この亜症候診断基準はPTSDのあまりよい指標ではないが(12%)、同時に、大うつ病、包括的な不安障害、および既往の大うつ病に関する有益な判断基準であり、苦痛の増加に対するマーカーとしてはさらに役立つであろう。 [10] 骨髄移植患者の少数の研究では、わずかに高い有病率が報告されており、その範囲は5% [11] から、12~19% [12] 、さらには35% [13] までに及ぶ。有病率の範囲は、評価の時期(移植からの経過時間が長いとより高い割合となる)および使用される評価方法により影響を受けるようである。より低い割合を報告した研究では一般的に自己申告式の質問票 [14] が使用されたのに対して、より高い割合を報告した研究 [13] は、SCIDを用いて診断から複数の時期で症状を評価していた(すなわち、生涯有病率)。
こうしたツールの差を示すものとして、ドイツの研究では、乳がん患者(n = 127)が手術直後および最初の評価から6ヵ月後のPTSDについて評価された。 [15] 評価には、Impact of Event Scale-Revised(IES-R:イベントの影響を測定するスケール-改訂版)およびPTSD Checklist-Civilian(PCL-C:PTSDチェックリスト-一般人バージョン)などの急性ストレス障害(ASD)およびPTSDに対するスクリーニングツールが含められた。最初の評価では、SCIDを用いた半構造化面接も含められた。SCIDによれば、参加者の2.4%が軽度から中等度のがん関連PTSDの基準を満たし、2.4%がASDと診断された。しかしながら、IES-RおよびPCL-Cのスクリーニングツールでは、最初の評価時に参加者の18.5%にPTSDが確認され、2回目の評価では参加者の11.2%~16.3%にPTSDが確認された。この研究の著者らは、SCIDと異なり、IES-RおよびPCL-Cのスクリーニングツールは、広汎性の情動的苦痛および適応障害を測定し、正確なPTSD症状を測定していないと提唱しているようである。PCL-Cなど症状に基づく測定と実際のSCIDに基づく診断との主な差の1つは、症状 によって引き起こされる機能障害である。症状はよくみられるが、そうした症状によって障害を抱えるのは症状のある人の非常に少数のみである。